tenshinnの探険と冒険の河旅ブログ

日本の最長河川10河川の踏破記録です!!

阿賀野川物語その14 コーカサス(グルジア・アルメニア)にて その3

コーカサス最初の訪問国であるグルジア共和国は、ソ連時代の有名な独裁者スターリンの出身国。
 その首都トビリシは、クラ川に沿って両岸20km程にわたって伸びている、美しい落ちついた街、トビリシのトビリとは「熱い」という意味で、トビリシは「温泉のある都市」の意味となる。
 
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 日程表では、9月17日(月)は午後からトビリシ市内、ルスタヴェリ大通り、ダビデの丘、メチェヒ寺院の観光などとなっている。
 
 どうやら最初にケーブルカーで、グルジアの首都トビリシの市街西方にあるダビデの丘(ムタツミンダ山;標高727m)に上がったようである。
 
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この写真はケーブルカー待ちをしている時に撮った写真で、中央がトビリシの女性ガイド、その右隣がこの旅の間中案内してくれた男性ガイド、その右隣がほとんど気楽に旅を楽しんでいたJTBの添乗員の一人である。
 
ケーブルカーの向かう方向にはこんな風景が広がっていた。
 
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丘の中腹でケーブルカーを降りると、すぐそこに廃墟となった教会があった。
ダヴィデ教会である。
6世紀に、聖ダヴィデ(St. Davit Garejeli)がこの山で修行したと言われ、10世紀ごろには現在の場所に教会が建てられた。
 
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この教会は18世紀に新しく建てられたものになり、内装は19世紀に描かれたものだという。
教会内には、グルジアの初代大統領ガムサフルディアやバレエダンサー・振付師として有名だったチャブキアーニなどその他著名人が眠る墓地がある。
 
 それからナリカラ要塞に行ったようである。
 
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ナリカラ要塞は5世紀に新しい町トビリシを守るため創建されたもの。
 
この日の最後に、僕らのツアーはクラ川の高台に建つメチェヒ寺院(教会)に行った。
この教会は、シルクロードを往還するキャラバン(隊商)が、安全を求めて逃げ込む要塞の役目も果たしていた。
メチェヒ寺院の歴史はトビリシの歴史でもある。
 
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寺院は1235年のモンゴルの侵略によって破壊され、1289年デメテル2世によって再建されたが、その後もオスマン帝国、サファヴィー王朝によって破壊されては再建されている。
帝政ロシア時代には監獄として使用され、革命運動で検挙されたゴーリキーもここに幽閉された。
また、ソヴィエト後期には劇場として使用されていた。1991年から再び教会として使用されている。
 
この街の歴史が深く刻まれた教会の前で記念写真を撮り、幾ばくかの後に、僕は「1枚の写真」という、先般紹介した拙い詩を作った。